2. 11世紀以前

アイリッシュ・ハープの歴史

11世紀以前

アイリッシュ・ハープとは、何か。一義的には文字通りアイルランドで演奏されていたハープを指している。ハープ自体はアイルランドだけではなく、世界中で演奏されていた。ハープの起源は古代メソポタミアや古代エジプト文明にさかのぼることができ、ウルの王墓から発掘された紀元前2600年前の楽器が現存している。

その後、東洋に渡ったものは、ミャンマーの「サウンガウ」や正倉院に現存する「箜篌くご」となり、アフリカでは「コラ」と呼ばれるハープになった。その中で、西洋に渡ったものから、アイリッシュ・ハープやオーケストラで演奏されるペダル・ハープが派生することになった。

ではアイルランドでいつ頃からアイリッシュ・ハープが演奏されるようになったのか。これについては、はっきりとした年代特定を行うことは困難である。スコットランドに視点を転じると、8世紀から9世紀頃に既にハープが演奏されていたことが、先住民の「ピクト族」による彫刻から確認できる。一方で同時期のアイルランドの図像資料を見ると、まだハープは登場しておらず、長方形の弦楽器が描かれていた。これはハープとは系統を異にする「ライア」と呼ばれる楽器の一種であり、ハープが現れる以前の西洋で広く演奏されていた。

2001年、スタジオジブリの映画『千と千尋の神隠し』が公開され大ヒットし、その主題歌の伴奏にライアが用いられた。この時、ライアとハープを間違えた人が多く、小型ハープがたくさん売れたとかいう嘘か本当かわからない話を聞いたことがある。

実は、このような話は今日にはじまったことではなく、大昔からハープとライアは混同されてきたのである。それは「ハープ harpa」という語が初めて現れたときからはじまっていた。この語の初出は、6世紀イタリアの司教フォルトゥナトゥスの次のような詩である[1]

「ローマ人はライアで、野蛮人はハープで、

ギリシア人はアキレウスのライアで、ブリトン人はクロッタで汝をたたえしめよ」。

ここでは4つの楽器名が登場するが、現在ではこれらはすべてライアを指していると考えられている。つまり、ハープという語が初めに意味していた楽器はライアだったのである。このような用語の混同はかなり時代が下ってからも行われており、16世紀始めのドイツの音楽理論家、ヴィルドゥングは「ある人物が、ハープとして定義したものを、他の人はライアと呼ぶ。そしてその逆も然り」と言っている。

同じような現象はアイルランド語にも見られた。アイルランド語ではハープのことを「クリッチ cruit, (古形 crot, cruitt)」と呼んでいたが、これはハープだけではなく、ライアや弦楽器全般を指すこともあった。

6世紀アイルランドの聖人ケイヴィヌス[2]は、ハープの一種を演奏していたと言われている。この小型の楽器は「ケイルニン Ceirnin」と呼ばれており、1805年にリムリックのボグ(沼地)から聖ケイヴィヌスの遺物と信じられていた実物が出土した。その大きさは、縦が30インチ(約76.2 cm)で幅が10インチ(約25.4 cm)であり、発見当時は3本の真鍮弦が張られていたという。残念ながら、この遺物は現在消失してしまっており、具体的にどのような楽器だったのか明らかではない。当時の状況から考えると、ケイルニンはハープではなくライアの一種だったであろう。

フォルトゥナトゥスの詩や聖ケイヴィヌスのケイルニン、9世紀アイルランドの彫刻に見られるライアについて類推できる実例が残されている。それは通称「サットン・フーのライア」と呼ばれる7世紀のライアであり、イングランド東部のサットン・フー遺跡から出土した残欠から復元されたものである。古英語で書かれた叙事詩『ベーオウルフ』(8-9世紀頃)に現れる hearpan という語はまさしくこのライアを指しており、同時期にアイルランドで演奏されていた弦楽器も、これに類似したものと考えて差し支えあるまい。

もう少し、アイルランドのライアについて詳しく論じてみたい。アイルランドのライアは「ティンパン Timpán」と呼ばれており、3本の金属弦が張られていた。現存する楽器がないため、その実像は不明な部分が多い。だが、一説によるとティンパンは「柔らかい、柳の木」という意味の「tim」と、「青銅」を意味する「bán」という語に由来し、この2つの素材からティンパンは作られていた。また「協和」や「甘美」を意味する “Simpan” に由来するという説もある。高音弦は銀、低音弦は白青銅、ピンは金で作られていたという。先述のケイルニンも3本の金属弦が張られた楽器であり、ティンパンと同じものを指していると考えて良いだろう。

古代アイルランドの慣習法である「ブレホン法」にもティンパンに関する記述がみられる。そこには「ティンパン奏者の爪が傷つけられた場合、損害賠償として爪の替わりになる羽軸が与えられる」と書かれており、この楽器が爪やプレクトラム(バチ)で演奏されていたことがわかる。

ティンパンに限らずライアは元々爪かプレクトラムによって弾かれていた。しかし10世紀から11世紀頃にアラブ社会から弓がもたらされると、弓奏楽器に変化したものもあった。この楽器はウェールズでは「クルース Crwth」と呼ばれ、18世紀末まで演奏されていた。同様に、12世紀の図像資料には弓で演奏されるティンパンが描かれている。

ウェールズのクルースやサットン・フーのライアにはガット弦が張られていたのに対し、アイルランドのライアであるティンパンには金属弦が張られていたことが最大の特徴だった。この特徴は、後に現れるアイリッシュ・ハープにも引き継がれることになるのである。


[1] フォルトゥナトゥス Venantius Fortunatus ( c. 530-c. 600) Romanusque lyra, plaudit tibi barbarus harpa Graecus Achilliaca, crotta Brittanna canat.

[2] ケイヴィヌスSaint Kevin of Glendalough (c. 498–618)

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