11. ローリー・ダル・オカハン

11. ローリー・ダル・オカハン

16世紀末から17世紀にかけて活躍したアイリッシュ・ハープ奏者でもっとも有名な人物に、ローリー・ダル・オカハンがいる。彼はジェームズ1世がまだスコットランド王ジェームズ6世だった時代、つまり1603年以前に王の前でハープを演奏したという伝承が残されている。だが、彼はその後マクダーモットのように宮廷に仕えることはなかった。

ローリー・ダルはデリー州に生まれた人物で、北部アルスター地方の広大な土地を所有していた一族の長だったという。 “Dall” というあだ名が示すように、彼は盲目だった。

特に彼の≪ダ・ミヒ・マヌム≫ あるいは “Give me your hand” として知られるハープ音楽は、現在でもアイルランド音楽愛好家によって好んで演奏されるレパートリーとなっている。ある時、彼がスコットランド南西部のノース・エアシャイアのエグリントン城を訪れた際に、有名な≪ダ・ミヒ・マヌム≫が作曲されたという。その時の状況について次のようなエピソードが残されている。

 

「アイルランドの首長として各地を訪問した際に、彼はレディ・エグリントンの城を訪れた。彼女は(彼の地位を知らなかったので)、横柄な態度で彼に1曲演奏するように命じた。彼はその命令を断り、彼女の気晴らしのためにハープを弾きに来ただけだと言って、腹を立てて館から去ってしまった。その後彼女はローリー・ダルの身分について知らされ、彼に謝罪して和解しようとした。その結果オカハンはこのレディを許し、ある曲を書いた。それが素晴らしい≪ダ・ミヒ・マヌム≫だったのである」。

 

なぜ、ハープを演奏するように言われただけで怒って立ち去ってしまうのか、現在の私たちからすると少し理解しがたいかもしれない。しかし、当時は詩人やバード、朗唱者らの階級が残されていた時代であり、おそらくローリー・ダルは身分の低いハープ奏者に間違われたことについて激昂したのだろう。

この曲はスコットランドで有名になり、ハープだけではなくリュートでも演奏されるようになった。楽譜に記録された最古の例は1644年の『ウィミズ手稿譜』というリュート・タブラチュアである。その後スコットランドでは、『バルカレス手稿譜』(1692-4)、『マクファーラン手稿譜』(1738-42)、『カレドニアン・ポケット・コンパニオン』(1745-59)、『ダニエル・ダウの古代スコットランドの曲集』(1776)、『ブリッソンの変奏つき名曲集』(c.1790) 等に繰り返し記録されてきた。これらの楽譜はそれぞれ少しずつ旋律のヴァージョンが異なっており、単純に古い楽譜を転載したものではないことが確認できる。つまり、これらのソースは「生きた伝統」として実際に演奏されていたものから得られたものだと推察できるのである[1]

一方で、アイルランドでは1724年にダブリンのニール父子が出版した『アイルランド名品集』で初めて楽譜に記録された。このヴァージョンはその後ロンドンで出版された楽譜にも繰り返し転載された。

盲目のハープ奏者アーサー・オニールが19世紀初頭に演奏していた≪ダ・ミヒ・マヌム≫を採譜した楽譜が残されている。この資料を調査した結果、ニール父子のヴァージョンとほとんど変わらなかった。これは意外な事実である。なぜなら、アイルランド伝統音楽は、旋律の形を変えながら「ヴァージョン違い」が伝えられていくことが一般的だったからだ。しかもオニールは盲目だったのである。この楽譜が書きとられた時、オニールは高齢で「古い音楽をほとんど忘れてしまった」と語っている。では、なぜそのような状態の彼が、約80年前に記録された楽譜と寸分たがわぬヴァージョンを演奏していたのだろうか。それは彼の演奏を書きとったバンティングが、彼にニール父子のヴァージョンを教えたからではないだろうか。それを裏付けるように、バンティングはニール父子の楽譜を所有していた。

ローリー・ダルは≪ダ・ミヒ・マヌム≫以外にも多くのハープ音楽を作曲し、今日まで数曲が残されている。特に彼は「ポート Port」というハープ音楽の楽種と関連付けられている。この用語はすでに16世紀前半からスコットランドでハープ音楽を指す意味として用いられていた。おそらく16世紀後半以降ローリー・ダルの名声がスコットランドで支配的になった結果、ポートとローリー・ダルの名前が不可分に結びついたのだろう。したがって、現在ローリー・ダル作のポートとして伝えられている曲に、実際には別のハープ奏者が作ったものが含まれている可能性は高いだろう。

楽譜に書かれた最古のポートは≪ポート・バランゴウン≫[2]という曲である。1615年から25年頃にスコットランドのスキーン[3]によって編纂されたマンドーラのためのタブラチュア『スキーン手稿譜[4]』に見られる。これと同じ曲は、その少し後に編纂された『ストラロッホ手稿譜』(1627-29)[5]に≪ポート・ローリー・ダル≫[6]という曲名で記録されている。同手稿譜には、これ以外に4つのポートが記録されている。そのうち単に≪ポート≫[7]と題されている曲は、後に≪ローリー・ダルの妹へのラメント≫[8]として知られる曲である。

その後、様々な手稿譜や出版譜にポートが記録されてきた。その中には≪ポート・ロバート≫≪ポート・アソル≫≪ポート・ゴードン≫≪ポート・パトリック≫≪ポート・レノックス≫等が挙げられる[9]。このうち≪ポート・ゴードン≫は18世紀アイルランドのハープ奏者のレパートリーに含まれていたが、それ以外の曲は主にスコットランドで知られていたようである。

ポート以外でローリー・ダルの作品とされているものに、≪領主の晩餐≫≪死の恐怖≫≪フィンガルのエア≫≪シェリフムーアの戦い≫≪リーグの町の黄色い乞食≫[10]が知られる。

≪領主の晩餐≫は1650年ごろに、アレクサンダー・ロバートソン Alexander Robertson (d. 1673) のために書かれたとされる。ちなみに、ロバートソン家はクイーン・メアリ・ハープとラモント・ハープを所有していた一族である。≪リーグの町の黄色い乞食≫は晩年の不遇をかこち、作曲したものとされる。リーグとはアイルランド南部コーク州の町である。

既出の通り、オカハンが活躍していた16世紀末から17世紀前半はクロマティック・アイリッシュ・ハープが大流行していた時代だった。だが、現在残されているローリー・ダルの作品はダイアトニックのアイリッシュ・ハープで演奏可能なものであり、おそらく彼が演奏していた楽器はクロマティック・アイリッシュ・ハープではなかったと考えられる。ローリー・ダルはアイリッシュ・ハープのための独自のレパートリーを確立した。それは、他のハープ奏者やリュート奏者などに伝えられ、民俗音楽の中に溶け込んでいったのである。


[1] 『ストラロッホ手稿譜 Straloch MS.』

『ウィミズ手稿譜 Wemyss Lute Book』

『バルカレス手稿譜 Crawford of Balcarres M.S.』(1692-4)

『マクファーラン手稿譜 MacFarlan M.S.』(1738-42)

『カレドニアン・ポケット・コンパニオン The Caledonian Pocket Companion』(1745-59)

『ダニエル・ダウの古代スコットランドの曲集 Daniel Dow, Collection of Ancient Scots Music』(1776)

『ブリッソンの変奏つき名曲集 J. Brysson, A Curious Selection of Favourite Tunes with Variations』(c.1790)

『アイルランド名品集 A Collection of the most celebrated Irish tunes

 

[2] ≪ポート・バランゴウン Port Ballangowne≫

[3] ジョン・スキーン John Skene (d.1644)

[4] 『スキーン手稿譜』Skene M.S.

[5] 『ストラロッホ手稿譜 Straloch MS.』

[6] ≪ポート・ローリー・ダル Port Rorie Dall≫

[7] ≪ポート Ane Port≫

[8] ≪ローリー・ダルの妹へのラメント Cumha Peaather Ruairi≫

[9] ≪ポート・ロバート Port Robert≫≪ポート・アソル Port Atholl≫≪ポート・ゴードン Port Gordon≫≪ポート・パトリック Port Patrick≫≪ポート・レノックス Port Lennox≫

[10] ≪領主の晩餐 Lude’s Supper≫≪死の恐怖 The Terror Death≫≪フィンガルのエア Air by Fingal≫≪シェリフムーアの戦い The Battle of Sherriff Moore≫≪リーグの町の黄色い乞食 The yellow beggar of the League≫

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中