13. ロバート・アプ・ヒュー手稿譜

13. ロバート・アプ・ヒュー手稿譜

手稿譜は15ページから117ページからなり、最初の14ページが失われている。全部で32曲が収録されている。「前奏曲」を意味する「ゴステグ gosteg」が4曲、「歌」を意味する「カニアド caniad」が15曲、「試験曲」を意味する「プロヴィアド profiad」が8曲、「枝」を意味する「カインク cainc」が2曲、「ハーモニー」を意味する「エルジガン erddigan」と「主題」を意味する「プゥンク pwnc」がそれぞれ1曲ずつ記録されている。

手稿譜の23ページから34ページには≪クリマイ・キトゲルズ clymau cytgerdd≫という長大な曲が書かれている。これは16世紀のハープ奏者ウィリアム・ペンスィン[1]の本から書写されたもので、他の部分よりも古い時代に書かれたものである。

これらの曲には9人の作曲者の名前が記されている。これらの人物は14世紀中葉から15世紀後半頃に活躍していたバードだった[2]。一番古い時期の作曲者は、グリフィズ・アバザ・アプ・ダヴィズであり1340年から70年頃に活躍していた。彼は詩人ダヴィズ・アプ・グウィリムの友人で、ウェールズ中部のポウィスの人間だった。ちなみに手稿譜の113ページには≪ダヴィズ・アプ・グウィリムのカインクに基づく歌[3]≫という曲名のタイトルが記されている。これは、ルイス・モリスが16世紀末の手稿譜から書写した部分である。残念ながらこの曲の実例は残されていないが、17世紀以前にアプ・グウィリムの曲が演奏されていたことが分かる。

このほかに手稿譜の102ページから104ページには、76曲のレパートリーリストが書かれている。曲の横に+記号が書かれているものがあり、これについてアプ・ヒューは「他の本に写した」と書いている。残念ながら、この本は見つかっていない。

手稿譜には現在一般的に用いられている五線記譜法ではなく、タブラチュアというアルファベットを用いた特殊な記譜法が用いられている。楽譜は水平な線によって上下に分割されており、上に高音域、下に低音域の音が書かれている。ウェールズでは、アイルランドと同様に高音域は左手、低音域は右手で演奏された。これは他のヨーロッパ地域における慣習的な演奏姿勢とは逆である。

使用されているアルファベットは慣習的なAからGまで(ラからソ)であり、文字を重ねたり、文字の横や上に点や線をつけたりすることオクターヴの違いを示している。音域はC3からG5までで、最低音域のE3を除く25弦のハープが必要とされた。18世紀のアイリッシュ・ハープの調弦法も、最低音域のFの音が存在しなかった。これはウェールズとアイルランドのハープ音楽の親近性を示している。

17世紀以前のウェールズのハープ音楽の特徴は、執拗な繰り返しを行うことであった。それゆえ、初めて聴いたときは、まるで現代音楽におけるミニマルミュージックと錯覚することがある。

変奏にあたる部分が「カインクcainc」であり、テーマにあたる部分が「ディウェズdiwedd」である。ディウェズとは、文字通りには「終止」という意味である。通常、カインクが2回繰り返されて、ディウェズがその後に奏される。カインクは毎回変化して演奏され、ディウェズは常に同じものが繰り返される。カインクの数は通常は12であるが、曲によっては17カインクもあるものもある。総じてロバート・アプ・ヒューの音楽はすべて演奏するとかなり長い時間を要するものが多い。このような反復の音楽はバグパイプで演奏される「ピブロッホ」あるいは「キョールモール」、あるいはアイルランドの死者に送られる「クィン」にも通じるものがある。

手稿譜の35ページには装飾法の図が描かれている。全部で17種類の装飾記号が現れる。これらは、高音域の音の塊の最上部に斜線や+記号、その他の線によって示される。装飾音の名前の横に、楽譜の中で用いられている記号が書かれ、その横に白い三角と黒い三角によって説明されている。そのさらに横に、ルイス・モリスが現代記譜法による説明を追記している。近年、金属弦ハープ奏者のビル・テイラーによってこの装飾法が解読された。18世紀末に記録されたアイルランドのハープ奏者の技法と奇妙なほど一致している。これは両国のハープ音楽における密接な関連性を示す証拠となっている。

ウェールズのハープ音楽には5つの主要な調弦法があったとされる。それは、低い調弦の「イスガワイア」、鋭い調弦の「クラスガワイア」、フラットの調弦の「セズヴガワイア」第2の調弦とされる「ゴガワイア」混合調弦の「ブラゴッドガワイア」である[4]。このうち、イスガワイアは7世紀ウェールズの王カドワラダ[5]によって禁じられていたという伝説が残る。

しかし、『ロバート・アプ・ヒュー手稿譜』には全部で17の調弦法があることが示唆されている。手稿譜の108ページに調弦法の表が書かれており、7つの調弦法について説明されている。たとえば、「コウェルイセル[6]」という調弦法は、G B A C D F E G である。通常ハープの調弦は低い音から高い音に順番に調弦されるのだが、この調弦法では、いったんBに上がってからAに下がることからわかるようにジグザグに調弦されていた。また、「アイルランドの歪んだ調弦」を意味する「ア・セズヴ・ゴウェル・グウィズィル[7]」には、G A B C D E G G A B C D という調弦法が用いられている。ここでは、Gの音が連続してユニゾンで調弦されている。アイルランドでも伝統的にGの音がユニゾンで調弦されており、これらの弦は「共に眠る」ことを意味する「コーリ Caomhluighe」と呼ばれていた。

手稿譜107ページには、「24のメジャー」の表が書かれている。これはウェールズのバード音楽における一種の音楽理論である。1と0を並べた組み合わせであり、「音楽を記憶するため」、「音楽の構造を理解するため」「作曲の基礎として役立てるため」に必要な知識だった。具体的には、低音域のコードの種類を決定するために用いられたと考えられている。1は「カウェイルダント cyweirdant(主要な弦)」と呼ばれ、0は「タニアド tyniad(引っ張ること)」と呼ばれた。たとえば「コルフィニゥル korffiniwr」というメジャーは11001011/11001011 というパターンで表現されていた。≪ダヴィズ先生のゴステグ≫はこのメジャーによって書かれている。

ただし、楽譜を調査すると、すべての曲がメジャーによる2種類のコードのみだけで構成されていたわけではない。おそらく、元々はそのような単純な伴奏だったのかもしれないが、口承で伝えられていく中で様々なヴァージョンが生じてきたのであろう。『ロバート・アプ・ヒュー手稿譜』は模範譜ではなく、その当時彼が実際に演奏していたヴァージョンを記録したものだったのである。

この楽譜にはリズムを記譜する記号が用いられていない。その一方で、装飾法や調弦法、メジャーに関してはかなり詳しく書かれている。ここから、ウェールズのバードたちが様々な音楽的要素の中で何を重視していたのかがわかるだろう。おそらく、当時のいわゆる「クラシック音楽」や私たちの音楽の世界観とは大きく異なるものだったのだと思われる。

手稿譜71ページに次のような書き込みがある。

「トロ・タントの調弦によるサン・シリンの歌終わる。しかしイス・ガワイアの調弦がより好ましい」

つまり、≪サン・シリンの歌≫はトロ・タントだけではなく、イス・ガワイアの調弦で演奏しても構わないとアプ・ヒューは言っている。私たちは、ひとつの曲が別の調弦法で演奏されると、別の曲として認識するだろう。しかし、17世紀以前のウェールズでは、調弦法を変更したとしても同じ曲として認識されていたのである。


[1] ウィリアム・ペンリンWiliam Penllyn (fl.c. 1550-70)

[2] グリフィズ・アバザ・アプ・ダヴィズ Gruffudd ab Adda ap Dafydd (fl.c.1340-70)、イエイアン・アピゴフ Ieuan ap y Gof (fl.c. 1350-95)、ダヴィズ・アピゴフ Dafydd ap y Gof (fl.c.1360-1405)、サウェリン・アビエイアン・アピゴフ Llywelyn ab Ieuan ap y Gof (c.1375-1420)、ハープ奏者サウェリン Llywelyn Delynior (fl.c.1400-50)、カドゥガン Cadwgan (fl.c.1400-50)、アブリドー Y Brido (fl.c.1420-40)、アスウィテグ Y Llwydteg (fl.c.1450-75)、カンゥリグ・ベンケルズ Cynwrig Bencerdd (1450-85)

[3] Caniad ar gaingc Dafydd ap Gwilym

[4]イスガワイア Is Gywair」、「クラスガワイア Cras gywair」、「セズヴガワイア Lleddf gywair」、「ゴガワイア Go Gywair」、「ブラゴッドガワイア Bragod gywair」

[5] カドワラダ Cadwaladr ap Cadwallon ( c. 633-682)

[6] 「コウェルイセル kower Ithel」

[7] 「ア・セズヴ・ゴウェル・グウィズィルy lleddf gower gwyddyl」

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