15. 17世紀後半の英国におけるアイリッシュ・ハープ

15. 17世紀後半の英国におけるアイリッシュ・ハープ

ジョン・イーヴリンの日記

かつて英国の上流階級で流行していたアイリッシュ・ハープだが、17世紀中葉以降はあまり演奏されなくなっていたようである。

英国の日記作家ジョン・イーヴリン[1]は、クラーク氏[2]やエドワード・サットン[3]といったアイリッシュ・ハープ奏者について記している。

 

「1653-54年1月20日

旧知で、比類ないアイリッシュ・ハープ奏者クラーク氏が、旅を終えて私に会いにきた。彼は卓越した演奏家であり、思慮深いジェントルマンだった。私の記憶が正しければ彼はデヴォンシャー出身だった。彼のような演奏は、これまで聞いたことがなかったし、これからも聞くことはないだろう。この楽器は、並はずれた難しさからあまり演奏されていない。だが、私見ではこの楽器は、リュートや、他のどんな弦楽器よりもはるかに優れている[4]」。

 

「1668年11月17日

エドワード・サットン卿による素晴らしいアイリッシュ・ハープの演奏を聞いた。彼は優雅に演奏していたが、尊敬する私の親友クラーク氏には及ばなかった。彼はノーサンバーランドのジェントルマンで、リュートやヴィオール、あらゆる和声楽器が演奏できる。[アイリッシュ・ハープが] あまり演奏されなくなったことは残念である。クラーク氏は地位のあるジェントルマンだったが、5歳からこの楽器を学び始め、一人前の演奏ができるようになった。私の覚えている限りでは、彼はこのように言っていた[5]」。

 

このように、すでに17世紀中葉からアイリッシュ・ハープはあまり演奏されなくなっていたようである。その理由として、「並はずれた難しさ」が挙げられている。具体的にどのような点が難しかったのかについては不明である。ひょっとすると、イーヴリンが聞いたクラーク氏やサットン卿の演奏は、古いタイプのクロマティック・アイリッシュ・ハープだったのかもしれない。ダイアトニックの楽器に比べると、クロマティックの楽器のほうが音が濁ってしまう頻度は高かっただろう。その濁った音を細かく消音しながら演奏することは至難の技だったに違いない。

 

ジェームズ・トールボット

17世紀末の英国で知られていたアイリッシュ・ハープに関する具体的な資料が残されている。ケンブリッジ大学のヘブライ語教授ジェームズ・トールボット[6]が、当時のハープについて詳しく記録している。トリプルハープ、ウェルシュ・ハープ、アイリッシュ・ハープ、スパニッシュ・ハープ、ジャーマン・ハープについて列挙している。

彼は2種類のアイリッシュ・ハープに関する記述を残している。弦の数は一定しておらず、英国で作られるアイリッシュ・ハープは35弦で、36弦、40弦、多いもので43本の真鍮弦が張られていた。いずれも一列弦の楽器である。

共鳴胴は1本の柳の木をくりぬいて作られており、大きさは約106.7センチである。共鳴胴は弦の張力に耐えるために、約8.5センチほどの厚みがあった。背面の板と支柱、ネックはオークで作られていた。つまり、共鳴胴には柔らかい木、背面には堅い木が用いられていたのである。支柱は湾曲しており、長さは約122センチである。

高音から21番目と22番目の弦はユニゾンで調弦され「ウルフ Wolf」と呼ばれていた。これは、先述の「コーリ」あるいは「姉妹」と同じ意味である。36弦のハープの場合、最高音はG1で最低音はG6になり、5オクターヴとウルフの2つの弦(Cの音)に調弦されると記している。それはチェロよりも4度低い音まで出せるダイアトニックの楽器だった。トールボットは43弦のハープの音域については何も触れていない。この楽器は36弦のハープよりもさらに広い音域の楽器だったのか、あるいはクロマティック・アイリッシュ・ハープだったのか定かではない。


[1] ジョン・イーヴリンJohn Evelyn (1620-1706)

[2] クラーク氏Mr Clark

[3] エドワード・サットン Sir Edward Sutton

[4] [Evelyn J. /., 1901] I 283 20th January, 1653-54. Come to see my old acquaintance and most incomparable player on the Irish harp, Mr. Clark, after his travels. He was an excellent musician, a discreet gentleman, born in Devonshire (as I remember). Such music before or since did I never hear, that instrument being neglected for its extraordinary difficulty; but, in my judgment, far superior to the lute itself, or whatever speaks with strings.

[5] [Evelyn J. , 1901] II,44 I heard Sir Edward Sutton play excellently on the Irish harp; he performs genteely, but not approaching my worthy friend, Mr. Clark, a gentleman of Northumberland, who makes it execute lute, viol, and all the harmony an instrument is capable of; pity it is that it is not more in use; but, indeed, to play well, takes up the whole man, as Mr. Clark has assured me, who, though a gentleman of quality and parts, was yet brought up that instrument from five years old, as I remember he told me.

[6] ジェームズ・トールボットJames Talbot (1665-1708)

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