6. 現存する最古のアイリッシュ・ハープ

現存する最古のアイリッシュ・ハープ

アイルランドの首都ダブリンの中心部に位置するトリニティカレッジは、1592年にエリザベス1世によって設立され、ヨーロッパでも有数の名門大学に数えられる。大学図書館の前にはいつも多くの観光客が列を作っている。中世に作られた美しい装飾写本で、アイルランドの国宝でもある『ケルズの書』を見るためだ。

ここではもうひとつの国宝「トリニティ・カレッジ・ハープ」を見ることができる。それはロングルームという薄暗く荘厳な雰囲気を醸し出すフロアにあって、ガラスケースに収められている。トリニティ・カレッジ・ハープは現存する最古のアイリッシュ・ハープであり、ユーロ硬貨やパスポートのデザインなどの国章のデザインに用いられている。

かつてこのハープは、11世紀アイルランドの英雄の名にちなんで、「ブライアン・ボルー・ハープ」と呼ばれていた。それには、このような由来が残されている。

1023年の「クロンターフの戦い」で落命したブライアン・ボルー王の息子ドノーがローマに隠居したときに、父のハープを時の法王ハドリアヌス4世に献上した。その後、1521年に法王レオ10世がヘンリー8世に「信仰の擁護者」の称号を与えた時、このハープも贈られたという。ヘンリー8世はこれを初代クランリカルド伯[1]に与え、代々この家に保存されていたという。

しかしながら、トリニティカレッジに所蔵されているハープがブライアン・ボルーが所有していたという説は否定されており、14世紀から15世紀初頭に作られた楽器だと考えられている。よって、現在ではこの楽器は所蔵機関の名前から、トリニティ・カレッジ・ハープと呼ばれている。

18世紀以降の来歴は信頼できるものである。トリニティ・カレッジ・ハープは18世紀初頭にクレア州のマクマホン氏が所有していた。彼の死後、リムリックのマクナマラの所有となった。1760年代に盲目のハープ奏者アーサー・オニール[2]が、マクナマラに招かれこの楽器を演奏している。当時、200年以上弦が張られていない状態だったが、オニールはこれに弦を張った。そして、このハープを演奏しながらリムリックの街を練り歩いたという。その後この楽器はウィリアム・カニンガム[3]に贈られた。カニングハムは一部が破損していた状態でこのハープを1782年にトリニティカレッジに寄贈した。その後1961年に大英博物館で修復され現在に至っている。

トリニティカレッジのハープは高さが約86cmで、重さは約5.2kg、弦は29本である。美しい装飾が施されており、支柱にはかつて宝石が埋め込まれていたと考えられる土台が残されている。

当時のアイリッシュ・ハープは、同時代のヨーロッパで演奏されていたハープとは大きく異なる特徴を持っていた。

もっとも大きな違いは弦の素材であった。大陸やウェールズのハープが、ガット弦や馬の尻尾の弦が張られていたのに対し、アイリッシュ・ハープの弦は金属弦が張られていたのである。

大陸およびウェールズのハープの支柱はまっすぐだったことに対し、アイリッシュ・ハープのそれは大きく湾曲していた。このような楽器はアイルランド語で “Crom-Cruit”、つまり「曲がったハープ」と呼ばれていた。

またヨーロッパのハープの共鳴胴は基本的に2枚のうすい板を張り合わせて作られており、奥行や幅は比較的に狭かった。それに対して、アイリッシュ・ハープ野共鳴胴は1本の木をくりぬいて作られており、その形態は末広がりで幅が広く、がっしりとしていた。

支柱とネックの接合部はほぞ接ぎされており、正面から見るとT字型の構造をしている。つまり、それだけネックの幅が分厚かったことを意味している。金属弦の張力に耐えられるようにこのような構造に発展していたのかもしれない。

ネック側だけではなく共鳴胴側にも強度を保つための工夫がなされていた。弦が張られる部分のみ木が分厚くなっており、それ以外の表面は薄く削られていた。なぜなら、共鳴胴は薄ければ薄いほどよく響くためである。さらに、弦を通す穴には「蹄鉄 crú na d-tead」と呼ばれる金属の部品が取り付けられていた。これも、金属弦の張力から共鳴胴が破損することを防ぐためである。

共鳴胴の正面にはサウンドホールが開けられており、背面には板が張りつけられて完全に閉じられている。それゆえ、弦を交換するのが若干煩瑣である。弦を交換する時は、サウンドホールを利用する以外に方法がない。その方法はまず、蹄鉄から共鳴胴の中に金属弦を入れる。この時弦の先を少し曲げておく。次にサウンドホールからもう一本の先端を曲げた金属弦を入れ、弦を蹄鉄から引っ張り出す。次に弦の先端を木製のダボに巻きつける。次に反対の弦の端をネックのピンに巻き付けて調弦する。

同時代にヨーロッパで演奏されていたハープは、薄い共鳴胴とまっすぐな支柱を持つ「ゴシック・ハープ」だった。弦はブレイピンというL字型のピンでとめられており、このピンが弦に少し触れる状態にセットされている。弦をはじいた時に、このピンによって「馬のいななき(ブレイ)」のようなノイズを発生させることが特徴だった。その耳障りな音は、華奢な見た目からはかけ離れた印象を与える。このノイズを強調して「ブレイ・ハープ」と呼ばれることもある。他方ゴシック・ハープとは対照的に、大きな共鳴胴と曲がった支柱をもったアイリッシュ・ハープは、無骨な外観とはうらはらな繊細で優しい音がする。

トリニティ・カレッジ・ハープとほとんど同じ外観と特徴をもったハープが2台スコットランド国立博物館に保存されている。ひとつは「クイーン・メアリ・ハープ」、もうひとつは「ラモント・ハープ」である。クイーン・メアリ・ハープは15世紀の作とされ、トリニティ・カレッジ・ハープよりも少し小柄で、高さは約79cmで弦の数は30本である。保存状態がよく、美しい装飾が施されている。16世紀に作られたラモント・ハープはトリニティ・カレッジ・ハープよりも大型で、高さが約98cm、弦の数は32本である。正面から見ると、弦の張力によって支柱が大きく湾曲しているのがわかる。また、破損した部分を補強するために金属板が張りつけられている。

スコットランド、特に北西部のハイランド地方とアイルランドは地理的な近さもあり、同一の文化圏を形成していた。元来スコットランド人の祖先、スコット族はアイルランドからやってきた部族であり、言語学的にもアイルランド語とスコットランド・ゲール語は同じQケルト語に分類されている。そのような経緯もあり、スコットランドではアイリッシュ・ハープの伝統が18世紀まで残されていた。したがって「アイリッシュ・ハープ」という呼称には語弊があるのかもしれない。より中立的な表現を用いるのであれば、単に「金属弦ハープ」とするべきだろう。あるいは、古いアイルランドとスコットランドの文化をゲーリック文化と呼ぶことから「ゲーリック・ハープ」という語を用いる人もいる。

クイーン・メアリ・ハープやラモント・ハープが演奏されていた頃、スコットランドの歴史家ブキャナン[4]が、スコットランド西部諸島のハープ演奏について次のように書いている。

 

「彼らは音楽、とりわけハープを大変好んでいる。ハープは金属弦のものもあれば、動物の腸も用いている。彼らはそれを長く伸ばした爪、あるいはプレクトラムによって演奏している。彼らは自分のハープを銀や宝石で装飾することだけに熱心であり、身分の低いものは宝石の代わりに水晶で装飾している」。『スコットランド史』(1565年)

 

このようにスコットランドでは必ずしも金属弦だけが用いられていたわけではなく、ガット弦のハープも演奏されていたようである。また爪だけではなく、プレクトラム(バチ)も使用されていたことは興味深い。


[1]初代クランリカルド伯 Ulick na gCeann Burke (d.1544)

[2] アーサー・オニール Arthut O’Neill (1734?-1816)

[3] ウィリアム・カニンガム William Burton Conyngham (1733 -1796)

[4] ブキャナン George Buchanan (1506-1582)

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