ネオ・アイリッシュ・ハープとアイリッシュ・ハープ

楽器の構造

「アイリッシュ・ハープ」という言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべられるだろうか。もちろん、アイルランドの伝統的な楽器ということはなんとなく想像できるが、その大きさや音色についてはどうだろう。オーケストラで演奏される楽器よりは小型で、床に置いて演奏される楽器と思う人もいるだろう。あるいは、もっと小さくて膝に乗せて演奏するタイプの楽器を連想される方もいるかもしれない。また、ビール愛好家の方であれば、まっさきにギネスビールに描かれたロゴを思い出される方もいるに違いない。

だが、「これこそがアイリッシュ・ハープだ」とはっきり断言できる方はそれほど多くないと思われる。それもそのはずで、実はアイリッシュ・ハープと呼ばれている楽器は、形や大きさ、弦の数などが多種多様で、ヴァイオリンのようにひとつの形態を指しているわけではないのである。拙稿では、このどうもよくわからない楽器は一体何なのか、その歴史を振り返りながら考えてみたいと思う。読み終えられた時に、アイリッシュ・ハープについて、少しでも具体的なイメージを持っていただけるようになれば幸甚の至りである。

私たちがアイリッシュ・ハープに対して正しい認識が持てないのは、元々この言葉が誤用されてきたことにも一因がある。少し極端な言い方をすると、「アイリッシュ・ハープはアイリッシュ・ハープではない」のである。これは一体どういうことなのか。説明しよう。

アイリッシュ・ハープは大きく2つの種類に分けられる。ひとつは「金属弦」が張られた伝統的なアイリッシュ・ハープ。もうひとつは、ガット弦あるいはナイロン等の弦が張られたモダンなアイリッシュ・ハープである。現在一般的に知られているアイリッシュ・ハープは後者だが、本来のアイリッシュ・ハープと区別するために、研究者の間では「ネオ・アイリッシュ・ハープ」と呼ばれている。この本でもこの慣習に従って明確に区別する。

では、アイリッシュ・ハープとネオ・アイリッシュ・ハープはどのような違いがあるのだろうか。先述の通り、弦の素材が異なるのが大きな違いである。アイリッシュ・ハープには金、銀、鉄、真鍮などの金属弦が用いられ、ネオ・アイリッシュ・ハープにはガット弦等が張られている。

この違いは音色と奏法に大きく影響する。つまり、ガット弦に比べて金属弦の方が音の響きがより長いのである。ピアノを演奏される方であれば、ダンパーペダルを踏んだ状態(ダンパーが外れた状態)を想像してもらうと分かりやすいだろう。ダンパーペダルを踏むと残響音によって音が濁ってしまうため、コードが変わるたびに踏み直す必要がある。これと同様に、アイリッシュ・ハープも響きが濁らないようにするために、「ダンピング」という特殊な消音技法を用いなければならないのである。ネオ・アイリッシュ・ハープの場合、元々減衰時間が短いため、このような技法を用いる必要はない。

弦の違いは楽器の構造にも影響を与える。例えばキルコイという真鍮弦が張られたハープの場合最低音のG(ヴァイオリンのG)の弦調は44cm だが、ナイロン弦のイヴという楽器で同じ高さの音を得る場合には65.5cmになる。ナイロンよりも真鍮の方が比重が重いため、同じ音域の楽器を作る場合でも金属弦の方が小型化できるのだ。

ハープは共鳴胴、ネック、支柱の3つの部分からできている。アイリッシュ・ハープの共鳴胴は一本の木をくりぬいて作られていて、その素材には柳や泥の中で半化石化したオーク(ボグ・オーク)、シカモアなどが用いられていた。他方、ネオ・アイリッシュ・ハープの共鳴胴は何枚かの板を張り合わせて作られており、大量生産に向いている。つまり、アイリッシュ・ハープの方が制作にかかる労力が多く、廃棄する部分も多いため、贅沢な仕様になっている。

ヨーロッパのハープの支柱はまっすぐだったのに比べ、アイリッシュ・ハープのそれは丸く湾曲しているのが特徴だ。ネックの部分を見ると、ネオ・アイリッシュ・ハープには半音を変化させることができるレバーが取り付けられていることが多い。だが、アイリッシュ・ハープにはそのような機械は取り付けられておらず、基本的に半音を演奏することができない。

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